院長ブログ

2018.02.28更新

 黄泉比良坂 12

 天の大いなる光へと昇りながら、今生を神の目で見下ろしている魂の意識体には、今生のソウルメイトが見えてきます。
 ソウルメイトは、何度も同じ転生を共に生きてきた中から、強い絆で結ばれあうようになった魂の友です。伴侶や親子の関係であったり、親友や上司部下の関係であったりしながら、何百何千もの人生を共に生きてきた魂です。時には最強の悪役や敵役だったこともあるでしょうし、最愛の人だったこともあるでしょう。
 同じ転生を共に生きてくると、魂の波動の高さも美しさも似てきます。何度も同じ人生を生きてきた古いソウルメイトに出会うと、今生では初めて出会ったのに、とても懐かしい感覚がこころの奥から沸き上がってきたり、お母さんの子宮に戻ったような深い安堵感を感じたりもします。
 異性で出会うと一目惚れしてしまうことも多く、夫婦になると、とても大きく険しい仕事をふたりで成し遂げてしまうことができます。反面、共依存に陥る可能性も高いので、親子の場合は気をつけましょう。
異性のソウルメイトと送る人生は、人生の目的が「愛」にフォーカスしていることが多いです。ふたつの魂が、この世のありとあらゆる「愛」を味わい尽くそうと、人生がパンパンになるほどに気づきと学びのチャンスを埋め込んでいることもあります。逆に、今生はラブラブな魂の癒やしの人生に徹していることもあります。
 同性で出会う場合は親子の関係よりも、互いに助け合う親友の関係になることの方が多いようです。
 ソウルメイトの親友と共に航海に出る人生は、まちがいなく波瀾万丈な人生になります。 
 ソウルメイトの親友と共に出征した戦争では、まるでイーリアスの学びを復習させられているかのような人生になります。
 ソウルメイトの親友と興した会社は、栄枯盛衰を辿るのが常です。
 ソウルメイトと生きる人生の特徴にはもうひとつ、「自然への感謝」を深めようとしていることが挙げられます。
 農業や漁業、狩猟採集生活の中から大自然への畏敬と感謝を深めていく人生にも、森羅万象に祈りを捧げる呪術師や薬師だった人生にも、宇宙の星々と大海原に命を託す船乗りだった人生にも、ソウルメイトが集まってきて助けあいながら「自然への感謝」を学び取っていきます。
 ソウルメイトの魂の波動は似通っていますので、この世の肉体に宿っている間の感性や美的感覚や直感力も、とてもシンクロしやすい波動になっています。特に感性の時代、美の時代、直感力の時代に入ると、互いの感性は相乗作用に乗ってビッグバンを起こす可能性も期待できます。
 互いに切磋琢磨しながら、時代を変えてしまう大発見や芸術をもたらすのもソウルメイトならではの楽しみです。
 今生では一緒に生まれて来ずに、あえて天界に留まって、あなたが智恵を学び、慈愛を深め、魂を磨いて波動を高めるように導いてくれるソウルメイトもいます。そんな天界のソウルメイトは、往々にして夢の中に現れます。学生時代の恩師やかわいがってくれた祖父母の姿を借りて、夢の中でアドバイスしてくれます。時には憧れの歴史上の人物の姿で現れたり、仙人や高僧の姿で夢の中に現れることもあります。
 死後のこの中間生に昇って今生を振り返ってみて、初めて今生のあの時の夢に現れたのがどのソウルメイトだったのかがわかります。あの時、ソウルメイトが何を伝えたかったのか? 何に気づいて欲しがっていたのか? の真相が明らかになります。
 夢の中に現れる神仏のほとんどは、天界に留まったソウルメイトの化身です。本物の神仏がこの世で肉体を持った人間の夢に直接繋がると、神仏の高く眩しい波動とこの世の人間の波動のギャップがあまりに大き過ぎるので、禅病や意識が戻らない状態に陥ってしまう危険性があります。本物の神仏はそのような危険を冒すことは絶対にありません。修験道や瞑想や密教を修めた方の夢の中になら、波動の高い神仏が直接現れることもありますが、それでも直視できないほどの眩しい光の中での智恵の伝授になるので、心身は多大な消耗ダメージを受けてしまいます。
 この中間生のプロセスで現れる神仏とは繋がらずにスルーすべきだと多くの経典が唱えているのは、神仏の波動とこの中間生を昇る魂の波動の差がまだ大き過ぎるからなのです。この中間生で魂の波動に大きな変調や異常位相が生じると、魂は平行次元や異次元に迷い込んでしまうことも危惧されます。
 ソウルメイトは白馬に乗った王子様でラブラブで温かい家庭を作れる・・・なんて夢見ている人は、さすがにもうおられないと思いますが、もし自分のことをあるがままに認め受け入れてくれて、すべてを優しく許してくれて、何があっても信じてくれて、誰よりも深く愛してくれる人と巡りあえた時に、あなたも同じように認めて、許して、信じて、愛せないと、白馬の王子様は軽く会釈しただけで通り過ぎて行ってしまいます。
 そんな出会いの時のために、あなたの波動を美しく高めようとしてくれる研磨剤となってくれるのが、本当のあなたのソウルメイトです。
 切磋琢磨のライバルの中に、何でも話できる幼なじみの中に、きごころの通じる親友の中に、あなたのソウルメイトはいませんか?
「こんな過去生の夢を見ちゃった」と話を振ると、「あっ その夢 知ってる!」と話題が繋がれば、見事にソウルメイト確定ですね。
 
死に方の極意 その13「ソウルメイトに磨いてもらおう」

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.27更新

黄泉比良坂 11

 天の大いなる光へと昇りながら、今生を神の目で見下ろしている魂の意識体には、今生で就いた仕事の本当の意味も見えてきます。
 流されるままにたまたま就いてしまった仕事にも、
 どうしてもやりたくて奮闘努力の末に就けた仕事にも、
 先祖代々受け継がれてきた仕事にも、
 まさか自分がやるとは思ってもみなかった仕事にも、
 これだけは絶対に嫌だと思っていた仕事にも、必ず学びが秘められています。
 人生の日々を生きている時には、なぜこの仕事とめぐり会ったのだろうか? 
 この仕事で得られる智恵と技術と人間関係には、どんな意味が込められているのだろうか? 
 この仕事を通じて私の本質は、何を学ぼうとしているのか?
 もちろん世のため人のために、この仕事をどんどん活かしていこう、と人生を切り開いていくことも大事ですが、神の目で今生を振り返る時には、今生の主人公であった自分という魂の気づきと学びと成長が焦点となります。
 中には、人々のために我慢に我慢を重ねて多くの人たちを縁の下から支え続けてきた人もいます。研究に一生を捧げた末に得られた発見が多くの人たちを幸せにした人もいます。滅私奉公の一生が多くの人たちから感謝された人もいます。
 多くの人を救った、助けた、喜ばせた、幸せにしたことは素晴らしいことですが、死後の魂に求められるのは、そこから何に気づき学んだか?です。
 他人を救い幸せにすると、魂を包み込んでいる思念の意識体の波動が上がります。助けた人が多いほど、賞賛の声が大きいほど、その波動は高まります。
 思念の意識体の波動が高まると、学びに気づきやすくなります。自分がやってきた仕事の意味にフッと気づく瞬間が増えます。
 ただ難しいのは、それが感謝や賞賛の渦のまっただ中にいる時だ、ということです。我欲とエゴも最高潮になっている時に、こころに静寂なスペースを保っていることは、とても難しいことです。誰もが何度も酒池肉林の底なし沼に落ちた人生を送ってきています。もう今生で懲りた、次は絶対に・・・と固く決心をして、あの世へと旅だっても、人間の煩悩にはなかなか勝てません。
 「おいおい、またかよ」と魂の声が聞こえてきそうなプラスマイナスゼロの人生になってしまいます。
 仕事を人生という長いスパンで見た時に、初めから終りまでずっと順風満帆な仕事というのはありません。どの仕事にも陰陽があり、春夏秋冬があり、栄枯盛衰があります。その陰極まった冬の時代に、魂は磨かれて波動が上がります。思念の意識体は、どん底に弱いので、泣き言、あきらめ、自虐、やけくそに陥ります。酒や美食やギャンブル、うつや閉じこもりに逃避します。
 そんな思念の意識体の悲鳴を聞きながら、魂は自分を磨き、波動を高めていきます。
 どん底が長く深いほど、失うものが大きいほど、魂は成長できるので、元々の波動が高い魂が今生を計画する際には、今生の後半、終わり近くに人生最大のどん底を持ってこようとします。一歩間違えば、どん底のままで終わってしまうかもしれないような一か八かの大勝負のどん底を持ってくる魂もいます。深く寒く極まった陰を何とかして生き延びれば、新たな陽の時代を迎えることができることを魂は知っているからです。
 そして、そんな新たな陽に照らされた残りの人生では、どんなに成功しても富貴利達しても、もう魂の学びが疎かにはならないことを魂はよく知っています。
 大いなる光に今生の仕事の意味を尋ねると、
 優しくなるために、
 愛を知るために、
 奉仕するために、
 感謝するために、との答えに行き着きます。どれもが魂を美しく磨き上げてくれます。
 今生の春の仕事からは努力を学べます。
 夏の仕事からは我欲と煩悩を学べます。
 秋の仕事からは執着と慈愛を学べます。
 冬の仕事からは優しさと感謝を学べます。
そして、新たな光輝く春を迎えることができます。
 ひとつの仕事を一生涯続けるのも、人生の節目節目で転職するのも、経営上手で大企業になるのも、破産倒産の苦渋を味わうのも、魂にとっても神さまにとっても優劣はありません。そこで何に気づき、何を学び、どれだけ魂を磨いたのかが魂の喜びになります。
 仕事は魂を磨く研磨剤だとわかったら、仕事の悩みや迷いや焦りも薄れて、今やるべきことが仕事の奥に透かし見えてきますよ。

死に方の極意 その12「ゴシゴシ磨こう」

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.26更新

黄泉比良坂 10

 天の大いなる光へと昇りながら今生を神の目で見下ろしている魂の意識体には、今生のさまざまな人間関係の本当の意味も見えてきます。
 なぜ今生ではこの両親の下に生まれてきたのか?
 なぜこの伴侶と結ばれたのか?
 なぜこの子供たちを授かったのか?
 なぜか人生の節目節目に当然現れて助けてくれる人がいたり、迷いや未練を振り払えるように引導を渡してくれる人もいます。
 なぜか自分にだけ攻撃的に突っかかってくる人や異常なまでに依存してくる人もいます。 
 今生を生きている間には、そんな「なぜ?」の答えはわかりませんでしたが、今生を終えて自由な魂の意識体になると、そんな人間関係の本当の意味がわかります。
 あの時、あの人から何を学ぶべきだったのか。
 伴侶や両親、子供たちは私に何を学ばせようとしていたのか。
 あの人と一緒に本当は何を成し遂げる人生プランだったのか。
 あの嫌な人、困った人に本当はどのように対処すればよかったのか。
 神の目で今生を見直すと、今生の節目節目での模範解答が見えてきます。それは今生を始める前に、伴侶や両親、子供たちの魂たちと「一緒にここまで学ぼうね」と話し合って決めた模範解答です。
 あの人の魂に「今生でこれを学びたいので、この役柄を引き受けてくれますか?」とお願いした模範解答です。
 今生での悪役や敵役を引き受けてくれた魂は、縁の深い魂です。ほとんどが自分よりも波動が高く美しい魂です。あなたの魂の成長のために、今生での悪役や憎まれ役を買って出てくれた魂です。ソウルメイトというよりも、魂の先輩、魂の先生ですね。
 悪役は、波動が高く美しい魂にしかできません。魂を包み込む思念の意識体を、憎悪や怒りや攻撃心でいっぱいにしなくてはいけないからです。悪役の汚れた思念は、魂の波動を下げます。少々波動が下がっても汚れても平気なくらい高く美しい波動を持った魂にしかできないのが悪役です。
 悪役に攻撃された時、泣いても落ち込んでも内に閉じこもっても構いません。
 悪役に向かって憎しみや恨みや嫌悪感を持っても良いのです。
 そのための悪役です。
 その場から転職や転居で逃げ出しても構いません。
 もし大切な気づきや学びを携えた悪役ならば、転職や転居をしても、新たな職場や住まいに別人として再び現れてきて、同じ攻撃をしかけてきます。
 悪役から自由になる方法はふたつあります。
 ひとつは、悪役より強くなることです。悪役を撃破できる防御力と攻撃力を身につけることです。腕力、経済力、地位権力、人気度などを高めてもよいですが、残念なことに次から次へともっと強い悪役が現れるのは世の常です。自分の魂の波動は上がるどころか、どんどん汚れて下がっていくことが多いので、最後は自滅で終わってしまう人生に行き着きます。
 もうひとつは、悪役の攻撃に負けない心身となることです。
 悪役の攻撃に落ち込んだり泣いたりしながらも、意識の中の静寂な部分で、悪役がなぜ自分にだけ攻撃してくるのか?にフォーカスしておきます。打たれて泣かされては涙を拭いて立ち上がることを繰り返しているうちに、必ず気づきが天から降ってきます。
 あぁ あの人はこうこうだから、私を攻撃してくるんだな・・・と気づけます。この気づきこそが、悪役があなたに気づいて欲しかった学びです。悪役とあなたの魂が生まれる前に約束した大切な学びです。
 一気にすべてを気づいてしまえばよいのですが、ほとんどの場合、一歩一歩気づいていくことになります。あなたの気づきがゴールに近づくほど、悪役の攻撃は熾烈を極めてきます。攻撃がどんどんエスカレートしてきます。陰惨なイジメを被ることもあります。
 もうダメだ・・・とあきらめかけたら、まわりを見渡してみましょう。まわりに助けを求めても構いません。必ずどこからか助けてくれる人が現れます。力づけてくれる人、支えてくれる人、悪役との間に入ってかばってくれる人・・・遠慮は要りません。助けてくれる人にすがりましょう。これも人生の計画通りなのですから。
 そんな助けてくれる人のひと言の中に、気づきの最後の扉を開けるキーワードが隠されていることが多いです。依存心が強いと聞き逃してしまいます。こころの中のわずかなスペスで十分ですから、意識の静寂さを最後まで保つことが大切です。
 七難八苦の末、ようやく悪役からの気づきを学び取れると、悪役は自然とあなたの前から消えてしまいます。
 嫌な人だな、困った人だな、苦手な人だな・・・そんなうちは悪役とは言えませんが、なぜこんなに私だけを攻撃してくるんだろう?とムカッときたら、それは魂の先輩や先生があなたのために悪役を演じてくださっているのかもしれません。
 この人は私に何かを気づかせようとしているのかな? 
 この人から何か学ぶべきことはないかしら?
 神の目は、こころの中に静寂なスペースを創ることができれば、生きている間でも身につけることができます。神の目で人間関係を見れば、情や欲に流されずに、その人間関係に秘められた気づきと学びを得ることができます。
 両親との関係も、伴侶との関係も、子供との関係も同じです。それぞれに大切な気づきと学びが秘められています。その気づきと学びをクリアーしていけば、深い縁で結ばれた幸せな関係を享受することができます。

死に方の極意 その11「悪役に感謝しよう」

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.25更新

黄泉平坂 9

 良い思念、悪い思念から自由になった魂の意識体は、天の大いなる光へと昇りながら今生を神の目で見下ろします。
 死を招いた病を神の目で見ると、その病の本当の原因と、病が教えようとしてくれていた学びが見えてきます。
 波動の低い魂には、暴飲暴食をしていたから、過労だったから、ストレスを抱えすぎていたから・・などが病の原因だったと気づくだけです。病からの学びも、次は食べ過ぎに気をつけよう、働き過ぎはダメだったから次はもっとゆとりを持とう、ストレスを溜めないように人生を楽しもう・・・なレベルで終わってしまいます。すると次も今生と同じレベルの人生をプランニングして、同じような境遇の人生に転生してしまいます。今生を再び繰り返すことが多いのが波動の低い魂の特徴ですが、なかなか今生から抜け出せなくなってしまい輪廻転生を繰り返します。
 魂の波動が上がってくると、病の本当の原因と意味が見えてきます。食べ過ぎ、働き過ぎ、ストレスの溜め過ぎ・・の本当の原因を今生を逆にたどりながら見て、気づけます。
幼少期のトラウマや洗脳だったり、子供ながらの決心が今生に死をもたらしたことに気づけると、まるで人生という魚を三枚に下ろしたように、今生の背骨が見えてきます。
 病がなぜあの年齢であのような形で現れたのか?に気づき、納得できます。そこにどんな意味があり、何を学ぶべきたったのかがわかります。あの時、そんな病からの学びに気づいていたら、その後はどんな人生になっていたのか・・・今生の節目から伸びる別の人生も見えてきます。
 ひとつの人生に秘められた奥深い学びの数々に驚嘆する度に、魂の波動も上がっていきます。今生を生きている間に気づけなかった学びでも、魂となったこの道程でしっかりと受け止めることができれば、その学びは波動となって魂の波動に溶け込むのです。生きている間の失敗や挫折も、病と死でさえも、その本質である学びに気づき、魂の血肉とすることで魂の波動は高まるのです。
 病はさまざまなことを教えてくれます。
 多くの人たちのお世話になりながら、人の優しさや無償の愛、人への感謝や喜びを噛みしめます。
 死への恐怖に襲われて嘆き悲しむ自分、自暴自棄な自分、忿怒と化した自分を知り、そんな自分をあるがままに認め、許すことを学びます。
 同じ病の人たちに思いを寄せる共感力が高まり、人のために祈る慈愛を育むことができます。
 誰が本物のソウルメイトなのか?に気づかせてくれます。
 この世で最も大切なものは何か?を病が教えてくれます。
 この世に生まれてきた本当の意味は何だったのか?を見せてくれます。
 病になってようやく気づけたことが、これからの人生の本物の生きがいになってくれます。
 だから、病を克服された方々の多くは病に感謝をしています。病をして良かった、という方さえおられます。
 急死する病には、必ず予兆があります。軽い頭痛や胸痛、動悸、耳鳴りやめまい、悪夢や冷汗などの予兆を感じていながらも放置して、突然死に至る方がほとんどです。この予兆の時に、病の声に耳を傾けて、食養生や生活養生に取り組めば、病は最後の一線の手前で止まってくれます。それから本格的に病の根本原因を知り、病の意味に気づけば、新しい人生が展開していきます。
 ガンや難病で余命数ヶ月と宣告されても同じです。数ヶ月も時間があるのですから、病の声を聞きながら病としっかりと向き合い、食養生と生活養生を徹底的に行えます。仕事や人間関係を病からの学びと相照らしながら根本的に改めていけます。
 病は家族も変えます。家族みんなが食養生と生活養生に協力することで、家族ひとりひとりの未病も消えてしまいます。
 このままだと数年後にガンになる運命だった伴侶や子供を救うこともできます。光の前世療法での光との対話を通じて、そのような症例をいくつも見てきました。

「私のこの病の意味は何ですか?」
「家族を救うためです」
「それはどういうことですか?」
「あなたが病となり、家族全員で生き方を見直すからです」
「もっと詳しく教えてください」
「あなたが病にならず、今のままの生活を続けていると、○年後に娘が白血病になります。今なら間に合います。先ほど教えて通りに、早く生活を改めなさい」
「なぜ私が病にならなければいけなかったのですか?」
「それはあなたが強いからです。あなたの頑固さは強さに変わります。妻では弱いのです。妻はあなたを支える役目です。妻も変われます。家族の絆が強まります。楽しみです」
 
 死んでしまってから病の意味に気づいたのでは、もう遅すぎるのではありませんか?
 いえ、大丈夫です。生き返ることはできませんが、残された家族を見守ることはできます。家族が病に向かわないように、魂は熱い波動を放ち続けます。すると、この世とあの世の境に漂う良い思念を介して家族の夢の中にメッセージを送ったり、夢枕に立ったりすることもできます。食べてはいけないものを食べようとしている家族に腹痛を起こしたり、夜更かしを改めるさせようと風邪を引かせたりすることもあります。
 霊障診察で、「この症状は霊障病かな? それにしては波動が美しく高いのはなぜだろう?」と迷うことがありますが、それは家族の魂からの熱いメッセージだったとわかるとホッとします。
 多くの人は病で死を迎えます。そのひとりひとりの死病に深い意味と学びがあります。死病はその人生のしめくくりの卒業試験のようなものです。死病からの気づきと学びが、その人生すべてを物語っているのです。

死に方の極意 その10 「死病に感謝しよう」

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.24更新

黄泉比良坂 8

 亡くなって身体から離れて宙に浮かんだ魂:意識体は、「上へ昇ろう」と特に意識しなくても自然と上へと昇っていきます。
 卵の黄身である魂と白身である意識体は、上へと昇るにつれてゆっくりと分離していきます。
 意識体の中にはさまざまな思念が混じり合っていますが、感謝や慈愛などの良い思念はずっと魂と一緒に上へと昇っていきます。怒りや憎しみ、悲しみ、卑下などの汚れた思念は、魂からどんどん滑り落ちていきます。
 波動の高く美しい良い思念は天へと引き寄せられますが、この力が魂が天上の大いなる光へと昇っていく力となります。波動の高い思念が強かった魂ほど、早く天の光へと戻れます。
 波動が低く汚れた思念は大地へと落ちていきます。大地が悪い思念をすべて浄化してくれます。この引力は強力なので、悪い思念に強く包まれていた魂は、天の光へと戻るのにとても時間がかかります。
 大地が吸い込んだ悪い思念は、地球のマグマで焼かれ溶かされてしまいます。人間の悪い思念があまりに多くなると、浄化のマグマも活動的になります。火山活動や地震、天候不順が増えるのは、この浄化のマグマ活動と深く関係しています。これまで何度も浄化のマグマ活動がMAXを超えてしまうことがありました。その都度、文明世界が消えてしまいました。さて、今回はどうなることでしょうか。
 良い波動も魂を天上の光へと押し上げながら、彗星の尾のようにたなびきながら、魂から離れていきます。この良い波動は、地球をとりまく大気の波動を浄化してくれます。春の空気がキラキラしているように、夏の空気が元気いっぱいなように、人間の良い思念は大気の波動を上げます。
 大気の波動が上がると、植物がよく育ちます。動物たちも人間も元気になります。地球は慈愛の星ですから、すべての生物の中の愛のエネルギーが活性化されます。ソマチッドの活性化です。
 死んで肉体を離れた魂:意識体は上へと昇っていきながら、まず悪い思念と汚れた低い波動を捨てます。魂を守るように取り囲んでいた良い思念も、上へと昇るにつれて次第に薄らいでいきます。
 やがて上へと昇る魂だけになると、今生のすべてが見えてきます。良い思念も悪い思念も脱ぎ去った魂の波動は、神の目と似ています。
 今生でしたこと、言ったこと、思ったこと、喜怒哀楽の感情が次から次へと思い出されてくる事柄を神の目で見ることになります。
 なぜこの時代、この国、この両親の下に生まれてきたのか?から始まって、あの時あんなことが起こった意味も、あの時あの人と出会った意味も、あの時あの病気になった意味も、あの別れの意味も、この仕事に就いた意味も・・・まるで神さまと答え合わせをするかのように全てが分かります。
 あの時はあちらを選んだけれど、もしこちらを選んでいたらどうなっていたのか?
 そんなもうひとつの今生も見えてきます。
 もう良い悪いの思念は捨て去っていますから、淡々と神の目で今生の節目節目を検証していけます。
 今生ではAさんと結ばれたけれど、Bさんと結ばれていたらどうなっていたのか? Cさんだったら?
 こんな節目節目での気づきと学びが魂の波動をどんどんと高めていきます。
 平々凡々な人生や順風満帆な人生は魂の休息の人生であり、波瀾万丈な人生や七難八苦な人生こそ魂が大喜びする学びの人生だ、と昔からスピリチュアルな人生論で言われてきましたが、死後の魂の彷徨を見てきて確かにその通りだと思います。
 死んだらお金も権力も名誉もあの世には持ってはいけないことは誰もが知っていますが、善行、努力、慈愛、友情、感謝、奉仕がちりばめられた生きざまからもたらされた多くの人生の学びは、しっかりとあの世へと持っていけるのです。
 そして、その学びを糧として魂の波動が高まると、より難しい時代の、より困難な人生へとチャレンジさせてもらうことができます。これこそが魂の無上の喜びであり、この世が存在する大きな意義でもあるのです。
 人生に超えることのできない試練はない
 人生に耐えることのできない辛苦はない
 クリアーできる智恵と力を内在しているからこそ、今を生かされていることが、この死後のプロセスを見ても明らかです。

死に方の極意 その9「人生の節目から学ぼう」です。

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.23更新

黄泉比良坂 7 水子の話

水子は成仏できずにあの世を彷徨っているから、ちゃんと供養してあげましょう。
これは素晴らしい宗教商法のひとつです。見事のひと言に尽きます。
光の前世療法を通じて、たくさんの水子たちとお母さんの再会をガイドしてきましたが、一例たりとも水子が恨んだり、悲しんだり、あの世を彷徨っていた例はありませんでした。
どの水子も大いなる光の中から安らかな笑顔で現れて、お母さんを優しく抱きしめてくれました。
この世でがんばって生きているお母さんを天上界からいつも応援しながら見守ってくれています。
お母さんが自分(水子)のことを、いつまでも悔やんで悩んでいることをとても心配してくれています。
そんな心優しいお母さんが大好きだから、次もまた同じお母さんの子供になりたい、と口を揃えて言っていました。
水子たちが望むことは、この世の家族が仲良く笑顔で過ごすことです。
水子たちが一番嬉しいのは、お母さんが笑顔でいてくれることです。
水子たちの魂は、この世で長く生きられないことをちゃんと知った上で赤ちゃんになります。
その目的は、水子たちによってさまざまですが、自分(水子)の魂を磨くことよりも、父母や兄弟が自分の死から何かを学び取ることにあります。
家族の絆を強めるため、父と母の慈愛を深めるため、同じ境遇の人たちと助け合うため、生命の大切さを学んでもらうため・・・
自分の病と死から兄弟に今生の目的と天職を気づかせようとしていた水子もいました。
「○○ちゃんはこの世に長く生きられないことを知っていたの?」
「知ってたよ」
「長く生きられなくて、悲しくなかったの?」
「全然、悲しくなんかないよ。だって知ってたもの」
「早く死ぬことを誰が決めたの?」
「私と神様が相談して決めたんだよ」
水子たちの特徴は、両親を自ら選んで生まれてきたことと、この両親の子供に産まれてくるのは初めてではないことです。
どの水子たちも、過去生でこの両親の子供として生まれ、愛されて育った幸せな記憶をいくつも持っていました。
だから今生では同じ両親の子供として長く生きられなくても、まったく悲しみも悔しさも感じなかったのです。
むしろこれまでの過去生で両親から愛され慈しまれて育った幸せへの恩返しがしたいから、という水子たちの思いを強く感じました。
水子たちはそんな純粋で慈愛に充ちた魂ばかりですので、死のプロセスも大いに祝福されながら迎えます。
苦しみ、痛み、悲しみ・・・肉体的にも精神的にも全く苦痛を感じないまま、死を通り抜けて天上の大いなる光へと戻っていきます。
いかなる邪気邪念も、この水子の死のプロセスを邪魔したり取り憑いたりすることはできません。
完全に大いなる光に護られた死のプロセスを一瞬で通り抜けてしまいます。
賽の河原で石を積む、極楽往生できず地獄へ堕ちる、邪気亡霊となってこの世とあの世の境を彷徨う・・・は、すべて嘘八百です。
だからと言って、安易に水子にしてしまってよいわけではありませんよ。
今生で水子を背負った意味を感じ取り、水子が残してくれた人生の課題にしっかりと向き合い、さまざまなことを学びながら夫婦で互いの魂を磨きあっていかなければいけません。夫婦もいずれ死を迎えます。その時、水子が満面の笑みで出迎えてくれるように、がんばって生きて、学んでいかなければいけません。
水子は神さまの分身です。神さまを背負って今生を生きていく試練を授かったのです。
水子に感謝します。水子も父母に感謝してくれています。感謝と感謝が慈愛を大きく育んでくれます。
水子を背負った方は今生の死が見えてきたら、水子が残してくれた今生の課題に自分なりの答えを出せたかどうか? 考えてみましょう。
まだ自信がなかったら・・・大丈夫ですよ。神さまはちゃんと答えを出せるように、気づきのチャンスを増やしてくださいますし、死までの時間延長をしてくださいますから。
水子も大声援を送ってくれます。
人生の終りに大試練が訪れても、それは水子の祟りなんかではありません。
神さまと水子の魂がくれた気づきの最終試験であり、その答えはすでにあなたの掌の中にあるはずです。後はただ勇気を振り絞って掌を開いてみるだけです。
掌を開いた瞬間、眩しい光に包まれながら水子の魂が抱きついてきて、あなたも穏やかな死を超えていきながら、水子と共に大いなる光へと還っていくことができます。

死に方の極意 その8「最後までがんばろう」です。

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.22更新

黄泉比良坂 5

死を迎えて魂:意識体が身体を離れて宙に浮かび上がった時に、懐かしい両親や信心していた神様や仏様が出迎えてくれることがあります。

「迎えに来てくださったんだ。ありがとうございます」と誰しも思います。

その時、出迎えてくれた両親や神様がとても怒っていたり、悲しんでいたり、辛そうにしていたり、無視されたりすることがあります。

一方的に非難されたり、泣かれたり、愚痴を聞かされたり、話しかけても応えてくれなかったりする時には要注意です。

両親がこの世に残していったネガティブ&ダークな思念が両親の姿となって現れていたり、この世とあの世の境目あたりに漂っている汚れた波動の思念や霊障体が取り憑こうとしてのかもしれません。

このような偽装した思念や霊障体の特徴は、笑顔のないことです。

握手をすると、冷たい手を感じます。

ハグしようともしてくれません。

そして、邪念のこもった言葉を投げかけてきたり、邪気の呪縛でからめ取ろうとしてきます。

そのまま捕らえられてしまうと・・・気がつけば邪念と邪気に充ちた霊障体にされてしまいます。

この世とあの世の境目は、臨死体験や幽体離脱、深い瞑想でも体験できるゾーンですが、このような邪悪な罠が待ち構えていることを知っておかなければいけません。

瞑想中に神仏が出てきたら斬り捨てろ、という教えは、邪の意識体に惑わされるな、というとても大切な教訓を教えてくれているのです。

私は神仏と繋がるメッセンジャーだ、私は神の化身だ、と語る方々の目の奥に、このゾーンに漂う邪悪な意識体と同じ目が見えてしまうととても悲しくなります。

死を迎えて身体から浮かび上がった時に、両親や神仏が現れたら、まずハグしてみましょう。

ハグを嫌がったり、ハグすると異様に冷たかったり固かったり、ゾクゾクするような嫌な感じがしたら、どんなに懐かしい両親であっても、その場で払いのけて上へと昇っていきましょう。

大丈夫、上へと昇って光の中に入ると、そこにはホンモノの両親が笑顔で待っていてくれますからね。

死に方の極意 その6「ハグしてみよう」です。

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.21更新

黄泉比良坂 4

自殺をすると成仏できないとか、天上の光に昇っていけない、と思っている方がたくさんおられます。

自殺した過去生も何百例と見てきましたが、死体を離れて宙に浮かんでしまえば、あとは病死や事故死の魂:意識体と同じ道程を辿ります。

自殺と病死や事故死の大きな違いは、「死ぬまでの間」にあります。

病死や事故死の場合、最幸最強の脳内モルヒネが一気に放出されますので、とても穏やかで幸せな気分のまま、スッと魂は身体から離れます。

時間感覚も、まるでCMをスキップしたかのように、死の場面をスルッと通り過ぎていきます。

あまりに穏やかに幸せにスルッと死を通り過ぎてしまうので、前述したように、自分が死んだことがわからない意識体もたくさんいます。

自殺の場合、最幸最強の脳内モルヒネは分泌されません。

自殺の一部始終を醒めた意識のまま実体験しなければなりません。

そして何より自殺で苦しむのは、死の場面がまるで時間が止まってしまったかのような超スローモーションになることです。

電車に飛び込むと、電車が超スローモーションで迫ってきます。

ほんの数秒の出来事でしかないのに、百時間、千時間、万時間・・・のような長さでゆっくりと電車にひかれていきます。

もちろん逃げることも、気を失うこともできません。

自分の肉体がバラバラになっていくのを醒めた意識体で見続けなければなりません。

首つりをすれば、ロープが首に食い込んでいく痛みを、首の骨がきしみながら折れていく音を、息ができなくなって窒息していく苦しみを超スローモーションで味わうことになります。

睡眠薬自殺は眠っているから楽だろうと思われるかもしれませんが、意識体は醒めていますから、呼吸と心拍がゆっくりと浅く少なくなっていくと共に、身体が凍えていく様をすぐそばで見つめ続けなければなりません。

その間、今生の始まりから自殺するまでの自分史を何度も見直すことになります。

肉体を離れつつある魂:意識体ですから、自分史を見直しながら、家族や友人たちの心の内もしっかりと伝わってきます。

どんなに悔いて反省して謝っても覆水盆に返らず。

どんな死に方をしても死後の世界には地獄などありませんが、自殺だけには、この死の瞬間に地獄があるように思えます。

自殺した人は、もう死んでしまってから発見されることがほとんどです。

発見された時にはその魂は、すでにこの死の瞬間の地獄を通り抜けて宙に浮かんでいます。

もうたっぷりと地獄を味わった魂で、きっと十分に悔いて反省して謝っていることでしょう。

死に方の極意 その5「自殺はつらいよ」です。

 

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.20更新

黄泉比良坂 3

死んで魂:意識体が肉体から宙に浮かんだ時点では、まだ、生きていた時の思念、さまざまな感情、後悔や決心が魂にまとわりついています。

生卵の白身と黄身のような感じです。白身が思念など、黄身が魂です。

その白身の思念が幸せ、感謝、悦び、満足で充ちていれば、黄身の魂はツルッと白身から抜け出して天へと昇っていけます。

怒り、絶望、苦しみ、悲しみ、憎しみ、嫉妬、恨み、呪い・・・などの思念は、ベトベト&ドロドロの白身となって黄身の魂を取り込んでしまいます。

ベトベト&ドロドロの思念には、同じ思念が集まってきて呪われた地となります。

最たる呪われた地は病院です。

ICUなどで人工呼吸器やペースメーカー、大量の点滴と昇圧剤などで延命治療されている患者さんの魂:意識体は、すでに肉体を離れて宙に浮かんでいます。

まだ完全に死んでいないので、臍の緒のような命の緒で魂と肉体は繋がってはいますが、魂:意識体は想念の現実化をすることは可能な状態です。

その患者さんの抱いていた思念も魂と共に宙に浮かんでいます。

美しい思念、良い波動の魂は、天からの光が病院を漂う霊障や動物霊、邪鬼、悪しき思念から護ってくれます。

ベトベト&ドロドロの思念に囚われた魂は、病院を漂う悪しきモノたちに飲み込まれていきます。

ベッドに横たわる肉体には、もう意識体:魂はもぬけの殻ですから、動物霊や邪鬼、そして死んだことに気づいていない彷徨える魂:意識体がその肉体に入ってくることもあります。

いろいろな動物霊や邪鬼などが入れ替わり立ち替わり瀕死の肉体に入ることもあります。

何のためにそんなことをするのでしょうか?

瀕死の肉体に入って、最後の家族愛を学んだり、許しや感謝を学ぶために・・・生きがい論ではそのように説かれていました。

自宅で家族に看取られて亡くなる時には、確かに別の魂が学びのために瀕死の肉体に入ることもありましたが、病院で死ぬのが普通になってしまった今では、動物霊や邪鬼などが学びの魂など押しのけてしまうことがほとんどです。

病院に漂う動物霊や邪鬼などが瀕死の肉体に入るのは、わずかに残った腎精気を吸い取りたいからです。

強い怨念を持っていた肉体に入ると、動物霊や邪鬼は一時的ですがパワーアップできます。

面会に来た家族、特に老人と子供を、まるで待ち伏せしていたかのように狙って憑依できます。

病院に診察や面会に行くと、なんだかとても疲れる、体調が悪くなる・・・のは、ベトベト&ドロドロの思念の波動を浴びて、動物霊や邪鬼に憑依されかかったためです。

あな恐ろしや・・・

死に方の極意 その4は「病院で死ぬな!」です。

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

2018.02.19更新

黄泉比良坂 2

死んで魂:意識体が肉体を離れて宙に浮かぶと、想念の現実化を起こせます。

思い通りの世界、望んでいたビジョンの中に、あたかも生きている自分(の意識)が居るように思えます。

死ぬと極楽往生して如来さまはじめ多くの仏さまたちが八雲に乗って迎えに来てくださる・・・と信じていれば、自分が描いた通りのビジョンで魂は如来さまび抱かれて天へと昇っていけます。

死ぬ間際に「地獄へ堕ちる」と覚悟してしまうと、肉体を離れて浮かび上がったところは、まさに地獄の一丁目になります。

死んだら全て消えてしまう、と信じていると、無の世界に漂います。
「ほら見ろ! 死後の世界などないじゃないか 無だよ 無!」と意識しているのは誰?な中途半端な無の世界です。(注:虚無の世界ではありません)

生まれ変わりを何千何万回とやってきていても、やはり誰もが「死ぬのは初めて」ですから、肉体から浮かび上がった魂:意識体となったあなたも、この想念の現実化をうまく使いこなせないかもしれません。

信仰心の厚い人は、その宗教が描いたとおりの死後の世界を進んでいけます。

そういう意味では、死後は地獄に墜ちるぞ!と脅すネガティブな宗教よりも、誰もが極楽往生できるポジティブな宗教の方がいいかな、と思います。

死んで肉体を離れたら、心身の病や致命傷、呪いは魂:意識体には着いてこないのですが、想念の現実化で、死後の魂に病や呪いを持ち込んでしまうことがあります。

最愛の人に裏切られて毒殺された魂が、胃腸が焼けただれる痛みを死後も魂:意識体の中でリアルに感じ苦しみ続けていた症例がありました。

父が背後から刺し貫いた裏切りの槍が死後の魂をも貫き通したまま、驚きと悲しみを味わい続けていた戦士の症例もありました。

未来永劫祟り続けてやる!と呪詛され呪い殺された魂が、その呪いを想念の現実化してしまっていた症例もありました。

どれも自分の想念を自分で現実化しているだけで、気がつけばいつでもその世界から自由になることができたのですが、そこに思い込み、想念の現実化の恐ろしさがあります。

死に方の極意 その2は「想念の現実化を楽しもう」です。

もう皆さんは知ってしまいましたよね。

死んで肉体を魂が離れたら、そこは「想念の現実化」の世界だということを。

まずは、今生で最もお気に入りだった姿になりましょう。どの年齢にでも若返ることができます。

イメージの世界は嘘も方便な世界ですから、超美人やイケメンに修正するのもOKです。

そして天国&極楽をイメージしましょう。

ご自分の宗教のとおりのイメージでも、自分で自由に創っても構いません。

先だたれた愛する伴侶や子供との再会をイメージすれば、とてもリアルな感動の再会のビジョンを現実化できます。

世界旅行をしたり、未来旅行をしたりすることもできます。

十分に想念の現実化を楽しんだら、次のステップへと昇っていきましょう。

死んですぐのこの段階で、今生をあまりに悔やんだり、嘆いたり、反省したりをし過ぎると、魂は今生を「想念の現実化」してしまいます。

今生をもう一度やり直したい・・・なんて想念すると、今生の始まりにタイムスリップして、そのまま今生をやり直すことになります。

輪廻転生ではなく、平行次元の無限パラドックスにはまってしまいます。

これは別次元の誰か(同じ魂がベストです)が救い出してくれない限り、永遠に今生をクルクル回り続けてしまいます。

死の方の極意 その3は「今生を悔やむな!」です。

死とはどういうものなのか? を知ってしまうと、もう死を怖がったり、嫌がったり、不安がったりせずに、
今生を「まぁ仕方ないな」と許して、
「まぁよくやったよな」と認めて、
「良いところもあったよね」と褒めて、
「うれしかったな。ありがたかったな」と感謝すれば、死を楽しむことができます。

想念の現実化を楽しめれば、光の世界へと簡単に昇っていくことができますよ。

 

 

投稿者: 医療法人愛香会 奥山医院

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